2025/4/23

デルター誕生秘話(後編)~40周年記念~

66歳の回顧

40周年を機に、創業当時について社長に集団インタビューをし、創業に至る経緯を物語風にまとめた前回。今回は、創業初年度の奮闘ぶりをお伝えします。

はじまりは自宅の四畳半

図書館に通って「情報のデザイン」をやると決めたものの、世の中にそんなジャンルの仕事はないし、お客様はゼロ。ひとまず自宅四畳半の片隅で、事務機屋のおじさんに借りたワープロを使って文章を書いたりしていたある日、一件の仕事が舞い込んだ。サッシ屋をしている兄の紹介で、大工さんのロゴを作る仕事だ。
大工さんに会いに行ってみると「お金はない」と言われる。とにかく実績が作りたかったので「お金はなくてもいいから、対価がほしい」と言ってみると「何がほしい?」と。周りを見回すと、大きな板がある……四畳半には机もないので「机を作ってほしい!」とお願いし、交渉成立。

大きすぎる一枚板の机

二件目の仕事は、赤黒二色のコピー機をPRするためのチラシ作成。事務機屋のおじさんからの依頼だった。借りているワープロで文字を打ち、手で絵を描いて、コピー機で印刷する。現金報酬に加えて、自分のPRチラシも作らせてもらった。しばらくは、こんな感じで借り物競走のような、物々交換のような日々を送った。
すると、頑張っている姿を見た父が「借金をしてDTP環境をそろえろ」とアドバイスをくれ、サッシの部材置き場を仕事場として貸してくれた。横幅1.8メートル、奥行き6メートルの倉庫で、屋根と壁はトタンにベニヤ張り。そこへ大工さんが作ってくれた机を入れる。せっかく作ってもらったのに、大きすぎて四畳半に入れられなかったこの机。その後、この机上で数々のアイデアが生み出され、また40年後の現在、奥様が経営するブックカフェで大活躍しているのを、このときの戸松青年はまだ知らない。

DTPとは「Desktop Publishing(デスクトップ パブリッシング)」の略。パソコン上で印刷物のデータを制作すること。

ブックカフェ「かば山文庫」
ブックカフェ「かば山文庫」

仕事も会社も現地現物で芯を作る

倉庫は冬にはコップの水が凍り、夏は暑すぎて近所の神社で涼むような環境だったが、がむしゃらに仕事に励んだ。商工会に加入し、前職の人脈も生かし、困っている人がいたら声をかけてもらえるようになり、一生懸命対応することで信頼を得て、その積み重ねで仕事が安定していった。
DTP機材をそろえたことで、珍しい機械を持っている会社があるという噂も広まり「お金はあまりないけど立派な会社案内を作りたい」という社長さんがあらわれた。

※写真はイメージで、実際の機器とは異なります
※写真はイメージで、実際の機器とは異なります

戸松青年は藁にもすがる思いで制作機会をいただき、目をかけてくれていたタウン誌の編集長にグラフィックデザインの指導をしてもらう日々。前職を通して、取材やデータの積み重ねで芯を作ることの大切さは知っていたし、会社を作るのも同じだと思っていた。
聞きかじっただけの知識ではいけないので、現場を見て職人さんにインタビューし、まとめたらチェックしてもらうということを繰り返し、半年ほどで納品。これが、デルターとしての最初のフルカラー印刷だった。

 

ここまでがデルターの創業初年度のお話。少し軌道に乗った反面、詐欺のような話に遭遇したこともあったそう。あれから40年、それはもういろいろな局面を乗り越えて今があります。一人ではじめた会社ですが、今は一人ではできない仕事をするようになりました。会社の成長、人の成長に感謝し、この先の10年につながる「今日」を積み重ねている毎日です。

 

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