2009/09/25
キャンペーンにかける私たちの想い
私たちは今後、公益法人や任意団体などの
情報発信の支援に力を入れてまいります
私たちは創業以来「情報の意味」ということを見つめてきました。現代のIT技術は「情報を届けること」に重きを置いています。少し乱暴な表現をすれば、そのためにあえて「意味」というものを、一時的に脇によけているとも言えます。その結果、社会の中からさまざまな「意味」が薄れてしまいました。時代の閉塞感、足元のおぼつかなさは、そんなところにも原因の一端があるのかもしれないと、私たちは考えています。
ともあれ、すでに情報を届けるための技術は格段の進歩を実現しました。新しい世界が生まれるには、こうした状況は必要なのかも知れません。であればこれは、新しい床を貼るために、室内の家具を別室に移動させたようなものです。そろそろ私たちは、改めてお気に入りの家具をしつらえる時期に来ているのではないでしょうか。つまり、一度は薄れた「情報の意味」というものを、改めて社会の中に置いてみるということです。
それは、必ずしも以前と同じ姿に戻すことではありません。とはいえ、椅子は椅子であり、机は机であるべきでしょう。ただし、新しい室内に相応しい、新しい調度があってもいいでしょう。もちろん、伝統的な味わいも大切にしたいものです。それがどんなものになるのかは、現代に生きる私たちと、未来を生きる人々が考え、工夫していけばいいはずです。
社会における正当な情報発信源はどこに?
そこで私たちが注目するのが、公益法人や任意団体という存在です。なぜかと言えば、こうした組織が社会における様々な意味の、正統な発信源にもっとも近い存在だからです。中には、そのものズバリの存在だってあります。普段、あまり目立たない存在ですが、情報の意味という観点から見えれば、非常に貴重な情報資産です。
少し話はずれますが、あるときデルターの役員であるE氏が「あなたにとってインターネットとはなんですか?」という質問を、社内はもちろん身近な人たちにぶつけました。その中で意外に多かったのが「あいまいな辞典」「なんでも載ってるけれど、あてにならない辞書」といったものでした。いわれてみれば確かにそうで、いろんなことが載っていますが、さまざまな意見があって、素人には判断がつかないことが多々あります。
企業でもなく個人でもないバランスのとれた情報資源
大きな企業のサイトに載っている情報であれば、それなりに裏は取ってあるはずですが、そこはそれ、営利目的の組織ですから、なんらかの脚色があってもおかしくはありません。そして、その程度の脚色は認められていますし、情報や用途の多様性という点では、積極的に認めるべきでもあります。
個人のサイトだって、真剣に取り組んでいる人はいるはずですが、その保証はありません。中には「実際にやってみた」という「事実」だって多いはず、だからといって万人に当てはまるとはいえません。専門家であっても、それぞれに解釈や意見があるわけで、最先端に近づくほど「未確定」な要素も増えてきます。
その点、公益法人や任意団体の発信する情報は、第三者的な評価や視点が含まれます。単独の企業発信するようなとがったおもしろさはなくても、角の取れた「標準」としてのたたずまいがあります。しかも、その内容は社会に対して押しつけるようなものではありません。必要な人が、必要な内容を、自由に持って行けるのです。バランスの取れた有用な情報資源ではないでしょうか。
存在感にふさわしい量と質を
しかし、現在の時点において、こうした情報が、その内容や存在感に相応しい形で表現されているかといえば、まだまだ改善の余地はあると、私たちは考えています。恐らく、実務としてそれぞれの活動に携わっていらっしゃる皆さんの中にも「もっとこうしたい」「こうすべき」という想いがあるはずです。
確かに、こうした情報は、それがあるからといって、なにかが余分に売れるというものではありません。しかし、バランスの取れた循環型の経済を形づくる上では、とても大きな役割を果たすはずでしょうし、これを基盤とした新しい成長の姿があっても良いはずです。
いささか長くなってしまいましたが、これが、私たちデルター株式会社が、公益法人や任意団体の皆様の広報活動に対して、特に力を入れていきたいと思っているゆえんです。決して押しつけるつもりはありませんが、興味や共感をもっていただけるようでしたら、お気軽に声をかけてください。それが、広報=PR=パブリック・リレーション=公的な連携というものを生み出していくと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
デルター株式会社 9月吉日